大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和48年(オ)823号 判決 1977年3月17日

上告人

金東一

右訴訟代理人

秋山昭八

被上告人

宝紙業株式会社

右代表者

林一夫

右訴訟代理人

鈴木義広

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人秋山昭八の上告理由について

譲渡禁止の特約のある指名債権をそのの譲受人が右特約の存在を知つて譲り受けた場合でも、その後、債務者が右債権の譲渡について承諾を与えたときは、右債権譲渡は譲渡の時にさかのぼつて有効となり、譲渡に際し債権者から債務者に対して確定日付のある譲渡通知がされている限り、債務者は、右承諾以後において債権を差し押え転付命令を受けた第三者に対しても、右債権譲渡が有効であることをもつて対抗することができるものと解するのが相当であり、右承諾に際し改めて確定日付のある証書をもつてする債権者からの譲渡通知又は債務者の承諾を要しないというべきである。

これを本件についてみると、原審が適法に確定したところによれば、(一)被上告人は、昭和四四年六月一八日、訴外株式会社東京オートスライド(以下、東京オートスライドという。)に対しビルデイングの一室を賃貸し、保証金一二〇万円の預託を受けたが、右保証金返還請求権には譲渡禁止の特約が付されていた、(二)東京オートスライドは、昭和四五年八月二六日、訴外笠井麗資に対し右保証金返還請求権を譲渡し、同日、債務者である被上告人に対し確定日付のある証書をもつて債権譲渡の通知をしたが、笠井は右債権に譲渡禁止の特約が付されていることを知つていた、(三)その後、被上告人は、同年一一月二七日ごろまでに、東京オートスライド及び笠井に対し右債権の譲渡を承諾する旨の通知をした、(四)他方、上告人は、昭和四五年六月一一日、東京オートスライドに対し一〇〇万円を貸し与え、右に関して債務弁済契約公正証書が作成されたが、東京オートスライドが弁済を怠つたため、上告人は、昭和四六年一月二〇日、右公正証書に基づき本件保証金返還請求権を差し押え転付命令を得た、というのである。

右事実関係のもとにおいては、被上告人が本件保証金返還請求権の譲渡について承諾を与えたことによつて、右債権譲渡は譲渡の時にさかのぼつて有効となり、右承諾に際し改めて確定日付のある証書をもつて東京オートスライドからの譲渡通知又は被上告人の承諾がされなくても、被上告人に対し右債権譲渡が有効であることをもつて対抗することができるのであり、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 下田武三 岸上康夫)

上告代理人秋山昭八の上告理由

原判決には判決主文に影響を及ぼす法令違背がある。

原判決は「訴外株式会社オートスライド(以下単に訴外会社という)が被上告人(控訴人)に対し有していた本件債権を、昭和四五年八月二六日訴外笠井に譲渡し、同日付内容証明郵便でその旨債務者たる被上告人に通知した。

ところが右債権には譲渡禁止の特約があり、当時訴外笠井もこれを知つていた。

しかし昭和四五年一一月二七日ころ、被上告人は、訴外笠井の本件債権譲渡を承認した事実が認められる。

もつとも被上告人は訴外会社からの本件債権を訴外笠井に譲渡した旨の債権譲渡通知に対し、譲渡禁止の特約があるから譲渡承認は拒否する旨昭和四五年八月二八日到達の内容証明郵便で表明したことが認められるが、右承認はその後になされたものである」との事実を認定したうえ「前記債権の通知は、前述の如く昭和四五年八月二六日の確定日附をもつてなされているから、被上告人は右譲渡承認によつて有効となつた先の債権譲渡の事実を第三者たる上告人(被控訴人)に対しても対抗しうる。従つて昭和四六年一月二〇日上告人が本件債権に対する差押、転付命令を得た時には、本件債権は既に適法に訴外笠井に譲渡されており、訴外会社は右債権の債権者ではなかつた」と判断した。

しかし譲渡禁止の特約は物件的効力を有するものである。すなわち特約に違反して譲渡する債権者の義務違反を生ずるだけでなく、譲渡の効力を生じない、従つて、訴外会社を訴外笠井との債権譲渡契約は、笠井の悪意を前提とする限りそもそも何ら効力を生じないものであり(この時点で右特約に変更がなかつたことは被上告人の譲渡否認通知によつて明らかである)、右譲渡契約が仮りに対抗要件を具備していても何ら意味のないものである。何故なら譲渡が可能になる前に予め確定日附で通知しても何ら対抗要件とはならないからである。

従つてその後被上告人が訴外笠井の本件債権譲受を承認したとしても、それは、訴外会社と被上告人間の譲渡禁止の特約を再契約により消滅させたうえ新たに笠井に債権譲渡をすることに他ならないのであつて、右譲渡を第三者に対抗し得るためには、その時点で、第三者に対する対抗要件を新たに具備しなければならないのは理の当然である。

この点、原判決は、先の何ら実体のない無効な債権譲渡契約につき対抗要件だけの効力を認め(その理論的根拠も明らかでない)、その時点まで後の債権譲渡の効力を遡及させているのであつて、そうなると債権譲渡における第三者たる上告人は、その何ら関わりをもたない被上告人と訴外会社との間のいわば隠された合意によつて差押転付命令の効力を一方的に失なわされる結果となる。

そもそも法が第三者に対抗するための通知又は承諾に確定日附ある証書を必要としたのは、譲受人、譲渡人および債務者の三者の通謀によつて第三者が不測の損害を被ることを防止するためである。

原判決のように考えると、本件のような譲渡禁止の特約ある債権が特約に反して譲渡されたような場合債務者から譲渡拒否の通知があつた後、債権者と債務者間で右特約を消滅させ、その後新たに債権を譲受け対抗要件を具備した第三者は、前記三者の通謀により先の譲渡が承諾されると(通謀の事実を挙証するのは困難である)、対抗要件のみは先行しているからとして譲渡の効力を遡及させざるをえないことになり、不測の損害を蒙ることになる。

してみると原判決は、債権譲渡に対抗要件を必要とする法の趣旨を無に帰する判断といわざるをえない。

対抗要件は確定日における有無であつて遡及という観念の入る余地はない。若し仮りに遡及ということがあり得るとしても、それは当事者間の内部関係の効力を遡及せしめる以上のものではなく、第三者に対抗するためにはそこで再び確定日付ある通知又は承諾を要すると解する他はない。

本件は純粋な対抗の問題であつて、原判決が昭和四三年八月二日最高裁判決を引用するのは早計であり、事案を仔細に検討すれば、むしろ本件と右判決の事実とは全く別種のものといわなければならない。

以上詳述したように、原判決には法令の解釈を誤つた違背があることが明らかであるので破棄されなければならない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例